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お酒にはそれぞれに様々な歴史があるが、ジンほど波乱万丈な歴史はないだろう。
ジンは、『オランダが生み、イギリスが育て、アメリカが洗練した』と言われる。
そして現在、クラフトジンブームによって、新たな歴史の真っただ中にある。
そんなジンの歴史を見てみよう。
●ジンの起源

他のお酒と同様に、ジンがいつ、どこで、誰が造り始めたのかはわかっていない。
13世紀のフランドル地方(ベルギー西部、フランス北部、オランダ南部を含む地域)の資料に、
ジンの原料であるジュニパーベリーを使ったお酒の記述がある。
そこにはジュニパーベリー(Juniper Berry)を意味するオランダ語で
イエネーフェル(Jenever)のことが書かれている。
このイエネーフェルが、ジンの原形であるジュネヴァ(Jenever)である。
ジュネヴァがイギリスに伝わり、「Genever」と表記されるようなる。
その後、イギリス産のジンは、オランダの「Genever」と区別するために
「Geneva」と表記される。
そして短くすることで呼びやすくなったものが「ジン(Gin)」である。
●ジンの歴史年表
・17世紀(狂気のジン時代)まで

- 1269年
フランドルの詩人ヤーコブ・ファン・マールラントが
「自然の花 Der Naturen Bloeme」にジュニパーが主原料の強壮剤の記述をする - 1495年
ネーデルラントで発行された書籍に、
ジュニパーを使用した蒸留酒のレシピが掲載される - 1568年
オランダ独立戦争(80年戦争)が始まる(~1648年)
イギリス兵は、オランダ兵がジュネヴァを飲み干してから突撃するのを見て、
ジュネヴァを「オランダ人の勇気」として称賛する - 1581年
北部ネーデルラント7州(オランダ)がスペインから独立 - 1602年
イギリス人発明家ヒュー・プラットの書籍に、ジュニパー飲料として
「スパイスの蒸留酒」に掲載される
イギリスでもジュニパーを使った蒸留酒が存在していた - 1614年
アメリカ大陸にオランダ人入植者が、ジュネヴァを持ち込む - 1640年
ドイツの村シュタインハーゲンで、シュタインヘーガーの蒸留所が設立される - 1664年
大手酒類メーカーのボルス社がジュネヴァの製造を始める - 1688年
オランダ総督ウィレム3世が、イギリス国王ウィリアム3世として戴冠し、
両国に君臨する
新国王の母国の蒸留酒ジュネヴァがイギリスで浸透し始める
ドイツ選帝侯によってシュタインヘーガーの製造は、
シュタインハーゲン村のみに限定し、特産化される。 - 1689年
イギリスがフランス産蒸留酒の輸入禁止 - 1690年
イギリスの蒸留法改正により、蒸留酒の独占製造が撤廃され、
誰でも蒸留酒製造が可能になる
安くて酔える低品質な酒としてジンが広まり、1751年まで激動の時代が続いた
後にこの時代は「Gin Craze (狂気のジン時代)」と呼ばれることになる
オランダのジュネヴァやドイツのシュタインヘーガーは現在も売られている。
シュタインヘーガーはジュネヴァの系統とは違った流れで、現在に至っている。
これもジンのおもしろいところである。
ジュネヴァもシュタインヘーガーもドライジンとは違った味わいが楽しめる。
・Gin Craze(狂気のジン時代)

ウィリアム・ホガース『ジン横丁』
この画像は画家のウィリアム・ホガースが描いた『ジン横丁』という風刺画である。
中央の女性は酔いつぶれて、腕から子供を落としてしまっている。
下段の男性は痩せ細って、骨が浮かび上がっている。
階段の上では赤ちゃんにジンを飲ませようとする光景も。
ベランダからは首を吊る人や、屋根の上から飛び降りる人たちも描かれている。
この時代、これに近い状況だったのである。
ちなみに『ジン横丁』と対となる『ビール街』という絵には、
富裕層が楽しげにビールを飲む様子が描かれている。
貧困層はビールよりも安い粗悪なジンしか飲めなかったのである。
Gin Crazeの時代、国は何も対策しなかったわけではない。
1729年から1751年までに6回も規制法を施行している。
ジンの増税、販売免許制、路上販売禁止、違反の高額罰金化など。
しかし密造、密売、偽装などさまざまな手段でジンは造られ、売られ、飲まれた。
現代では考えられないような狂った時代だったのである。
・18世紀(ジンの再起)から

- 1760年
イギリスで産業革命が始まる - 1766年
ドイツでシュタインヘーガーの蒸留所シュリヒテ社創業 - 1769年
ゴードン社創業。商品名に生産者名を付けて、品質の良さをアピール - 1820年
チェルシー蒸留所操業開始、ビーフィーター販売 - 1826年
スコットランドの蒸留技師ロバート・スタインが連続式蒸留機を発明 - 1830年
アイルランドの収税官イニーアス・カフェが連続式蒸留機を改良し、特許取得
ベルギーがオランダから独立
タンカレー社創業 - 1872年
ギルビー兄弟が蒸留酒製造開始 - 1906年
ドライ・マティーニが誕生し、アメリカでドライ・ジンが主流になる - 1919年
ベルギーで、アルコール依存撲滅の目的で、
公衆酒場での蒸留酒販売が禁止になる(~1985年) - 1920年
アメリカで禁酒法が施行される(~1933年) - 1987年
ボンベイ・サファイア発売。ボタニカルを公開し、ジンに革命を起こす
カフェ式蒸留機の誕生はジンのみならず、お酒の歴史に刻まれる出来事である。
当時の仕様のカフェ式蒸留機を現在も使っている蒸留所がある。
ニッカウヰスキーの宮城峡蒸溜所がカフェ式連続式蒸溜機を現役で使っている。
「カフェ」の名が付く商品がカフェ式連続式蒸溜機を使用したものである。
機会があれば飲んでみることをおすすめする。
- ニッカ カフェジン
- ニッカ カフェウォッカ
- ニッカ カフェグレーン
- ニッカ カフェモルト
●あとがき
イギリスで起きたGin Crazeの時代は、異常だった。
質の悪い酒だとわかっていても、安いので求めてしまう。
そんなお酒でも飲みたくなる原因は、貧困や不条理からの現実逃避である。
飲み続けてアルコール依存症になり、負のスパイラルに陥ってしまう。
このような激動があるジンの歴史を知ると、ますます面白いお酒だなと思う。