• お酒全般の情報ブログ

     更新日:2022年10月29日

    文字数:約2000文字

     マデイラワインは、大航海時代と関わりが深い。
    歴史年表でマデイラの形跡を追ってみよう。

    歴史年表

    • 紀元前1100年頃
       フェニキア人がイベリア半島にブドウ栽培を持ち込み、ワイン造りを始める
    • 711年
       イベリア半島をアラブが支配する。
    • 9世紀頃
       アラブによりイベリア半島に蒸留技術が伝わる
    • 1143年
       アルフォンソ・エンリケが独立国家ポルトガルを建国
    • 1337年
       英仏100年戦争(~1457年)により、イギリスがボルドーの領有地を失う。
    • 1416年
       エンリケ航海王子が、アフリカ西海岸探索に取り組み、大航海時代が始まる
    大航海時代
    Michael RoebbersによるPixabayからの画像

    ・マデイラ島到達

    • 1418年
       探検家ジョアン・ゴンサルヴェス・ザルコらがアフリカ沖で嵐に遭い、
       ポルト・サント島に到着する。
    • 1419年
       ザルコらは改めて探検に出発し、マデイラ島に到達する。
       島は原生林に覆われていたことにより、
       ポルトガル語の『木』を意味する『マデイラ』と呼ばれた。
       この時に持ち込んだブドウの栽培からマデイラワインの歴史が始まる
       ブドウ以外には小麦、サトウキビの栽培も始める。
    マデイラ島
    MichałによるPixabayからの画像
    • 1450年
       1450年の文書に、「入植初期にマルヴァジア・カンディダが、
       ギリシアのクレタ島から持ち込まれた」と書かれている。
    • 1455年
       ベニスの地図学者カダモストが、
       「この島に人が住み始めてこんな短期間であることを考えると、
        本当に素晴らしいワインだ。
        島の全ての住民に十分なだけ、そしてたくさん輸出できるだけのワインがある」
       と書いている。
    • 1466年
       サトウキビ栽培が島の主要産業となる。
    • 1478年
       イギリス国王の弟、クラレンス公ジョージは反逆罪で死刑を宣告され、
       マデイラワインの樽での溺死を選んだと、シェイクスピアの戯曲にある。
    • 1488年
       ポルトガル人航海士バルトロメウ・ディアスが、アフリカ最南端の喜望峰到達
    • 1492年
       コロンブスが新大陸発見。
    • 1498年
       ポルトガル人航海士ヴァスコ・ダ・ガマが、インド航路開拓
    • 1549年
       宣教師フランシスコ・ザビエルによる大名への献上品の中に、
       ポルトガルのワインがあった。
    • 16世紀末
       マデイラ産の砂糖は、価格競争でブラジル産に敗れたため、
       サトウキビ畑をブドウ畑に転向する。
    • 1660年代
       フランスは、イギリスに輸出するボルドー・ワインに高い税率をかける。
       それに対してイギリスは、フランスワインの輸入を禁止する。
    • 1661年
       ポルトガルの王女キャサリンと結婚したイギリス国王チャールズ2世は、
       イギリスの植民地にはロンドン発のイギリス船以外の出入りを禁止したが、
       マデイラ島からは直接イギリスの植民地にワインを輸送することが許された
    ブドウ栽培
    https://vinhomadeira.com/

    ・現在のマデイラワインへ

    • 1703年
       ポルトガルとイギリスの間で、通商条約(メシュエン条約)が締結される。
    • 18世紀頃
       航海で変化した味を再現するために、加熱熟成が始まったとされる。
    • 18世紀中頃
       マデイラワインの酒精強化が始まったとされる。
    • 1756年
       大臣カルヴァーリョ(後のポンバル侯爵)が、公社を作り、ブドウとワインの管理が始まる。
       これが原産地呼称の原形となる。
    • 1776年
       アメリカ合衆国の独立宣言にて、マデイラワインで祝杯が挙げられる。
    アメリカ独立宣言
    cgrapeによるPixabayからの画像

    関連記事:加熱熟成酒精強化についてはこちら ↓

    ・ナポレオンとマデイラワイン

    • 1815年
       失墜して島流しになったナポレオンの乗せた船は、
       食料補給のためマデイラ島に立ち寄る。
       この時、マデイラ島駐在のイギリス総領事はナポレオンに、
       『1792年ヴィンテージのマデイラの樽』を贈る。
       ナポレオンはマデイラワインを持って、流刑地セント・ヘレナ島に行ったが、
       体調が優れず、マデイラワインを飲むことなく1820年に亡くなった。
    • 1840年
       ナポレオンが飲めなかったワインが瓶詰めされて、販売される。
    ナポレオン猫
    doradorasevenによるPixabayからの画像

    ・マデイラワインの衰退

    • 1851年
       マデイラ島でウドンコ病が確認される。
    • 1869年
       スエズ運河開通
       これにより、マデイラ島を経由してのアジア航路船舶が激減する。
    • 1872年
       マデイラ島でフィロキセラが確認される。
    マデイラワイン
    https://vinhomadeira.com/

    関連記事:フィロキセラについてはこちら ↓

    • 1932年
       サラザールが首相に就き、独裁体制が始まり、半鎖国状態になる(~1968年)。
       輸出規制のため、ワイン用のブドウ栽培の多くが、土着品種で行われるようになる。
    • 1979年
       マデイラワイン協会(IVM)設立
    • 1986年
       ポルトガルがECに加盟
    • 1999年
       マデイラ島の照葉樹林(ラウリシルヴァ)が、ユネスコの世界遺産に登録される。

    あとがき

     マデイラワインは当初、イギリスとの関係が深かった。
    その後イギリスの植民地だったアメリカに渡り、アメリカ独立までは人気だった。
    独立後のアメリカでは自国での酒造りが盛んに行われ、マデイラワインの輸入は徐々に減っていく。
    そんな矢先に、ウドンコ病やフィロキセラの病害に襲われる。
    波乱万丈のマデイラという小さな島で造られるワインが現代まで続いていることに感謝である。

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