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     更新日:2022年9月30日

    文字数:約2900文字

     シェリーの歴史は、詳しくはわかっていない
    酒精強化、ソレラ・システム、名前の由来、年表を見ていこう。

    酒精強化

     シェリーは、スペイン南部のアンダルシア地方ヘレス地域で造られるワイン全般を
    指して呼ばれていたため、いつ酒精強化したものが現れたのか不明なのである。

    主な説は3つある。

    1. 蒸留技術伝来期説
    2. 海外交易活発期説
    3. 大航海時代説

    蒸留技術伝来期説

    葡萄畑
    https://www.sherry.wine/jp

     この説がもっとも早い説であり、8世紀だと言われる。

     スペインがアラブの支配下にあった時に、蒸留技術が伝わったとされている。
    蒸留技術があれば蒸留酒が造れ、蒸留酒があれば酒精強化ができる、という説だ。

     当時容器として使われていた壺(アンフォラ)を成分分析して、
    通常のワインと、酒精強化ワインの区別ができれば、考古学的発見になるのだろうか、、、

    海外交易活発期説

    シェリー生産
    https://www.sherry.wine/jp

     13世紀にアラブの支配から解放されたヘレスは、海外交易を活発化させる。
    主にイギリスが得意先となるが、海を隔てているため、輸送に時間がかかる。

     当然、冷蔵設備や防腐剤などない時代のため、ワインが傷まないようにアルコール度数を高める
    この時に、蒸留酒を混ぜたという説である。

     14世紀のイギリスの詩人ジェフリー・チョーサーの作品に
    ヘレス地域のワインは他よりアルコール度数が高い」という記述がある。

     しかしアルコール度数は、発酵の条件や環境で高くもなるため、
    これが酒精強化されたワインかは不明、、、

    大航海時代説

    大航海時代
    https://www.sherry.wine/jp

     15世紀後半から16世紀中頃までは新大陸発見や、世界一周航路開拓などにより、
    長期の船旅が頻繁に行われた。

     その際に、積み込まれたワインが、船旅に耐えられることが求められた。
    そこで、アルコール度数を高めるために、蒸留酒を混ぜたという説である。

     実際に世界一周に挑んだマゼランがシェリーを購入したという記録が残っている。
    しかしこのシェリーが酒精強化されたワインなのかは不明、、、

    ソレラ・システム

    ソレラ・システム
    https://www.sherry.wine/jp

     ソレラ・システムも、誰が、いつ始めたのか、定かではない。
    しかし、おおよその時期はわかっている。

     18世紀後半にソレラの原形ができ、19世紀半ばには現在に近い形までできあがったと考えられている。

     新しいワインを古いワインを混ぜる行為は、かなり早い段階で行われていたと考えられる。

     18世紀にヘレス地域にギルド(同業者組合)ができた際、さまざまな規則が決められ、
    そのなかに、「その年にできた若いワインだけしか出荷してはいけない(ブレンド不可)」というものに、
    大きな反発があった。

     このことからすでに熟成年数の異なるワインをブレンドしていたことがわかる。
    その後、1834年にギルドは解散され、ソレラ・システムの形が出来上がり、広まる。

    名前の由来

    ヘレス地域
    https://www.sherry.wine/jp

     シェリーは、原産地呼称によって、「ヘレス=ケレス=シェリー」とされている
    原産地は現地の呼び名で『ヘレス』となるはずが、スペイン語、フランス語、英語の3つある。
    本来は、原産地である『ヘレス』のみが正しいのだが、3つの呼び名には地域名の変遷が関係している。

     紀元前1100年頃、イベリア半島に進出したフェニキア人が、
    現在のヘレス一帯を『ヘラ(XERA)(セラ)』と呼んだ。
    この頃からヘレス一帯ではワイン造りが始まる。

     その後、ローマ人支配のもと、『セレット(CERET)』と呼ばれる。
    711年からは、アラブの支配が始まり、この一帯を『シェリシュ(SHERISH)』と呼ぶようになる。
    12世紀には、シェリシュ産ワインはイギリスに輸出され、イギリスで「シェリシュ」と呼ばれた。

     その後、イギリスでは「シェリシュ」→「シェリース」→「シェリー(SHERRY)」と呼び名が変わる。
    そして、イギリスが世界中に植民地を広げる際に、シェリーの呼び名も世界中に広まった。

     アラブの支配から、イベリア半島から奪還する国土回復運動(レコンキスタ)によって、
    1264年にスペイン南部の地域が解放された。
    この時、『ヘレス・デ・ラ・フロンテラ(Jerez de la Frontera)(国境の町)』と呼ばれるようになる。
    そしてこの地域で造られるワインは、ヘレス産ワインとして「ヘレス」と呼ばれる。

     当初はフェニキア語で『セレス(XERES)』と呼ばれていたのが、フランスに伝わり、
    ワインは「ケレス」と呼ばれるようになる。

     ヘレス産ワインは「ヘレス」と呼ぶのが正しいのだが、すでに広まった呼び名を変えるよりも、
    各名称を併用することを選んだのである。

    歴史年表

    • 紀元前1100年頃
       フェニキア人がヘレス地域にブドウ栽培を持ち込み、ワイン造りを始める
    • 711年
       イベリア半島をアラブが支配する。
    • 9世紀頃
       アラブによりスペインに蒸留技術が伝わる。
    • 1264年
       カスティーリャ王国のアルフォンソ10世が、アラブの支配からヘレスを解放。
    • 14世紀
       イギリスの詩人チョーサーの作品に「ヘレス産ワインはアルコール度が高い」と書かれる。
    • 1337年
       英仏100年戦争(~1457年)により、イギリスがボルドーの領有地を失う。
    • 1492年
       コロンブス新大陸発見。
    • 1519年
       マゼランがヘレス産ワインを253樽と417袋を購入し、世界一周に出向。
    • 1587年
       アルマダの海戦で、イギリスのフランシス・ドレイク率いる艦隊が、
       約3000樽のヘレス産ワインを奪って、ロンドンに持ち去る。
    • 1680年頃
       ペドロ・ヒメネスがヘレス地域に伝わる
    • 1682年
       イギリス人のフィッツ・ジェラルドが、外国人で初めてヘレス現地企業登録をする。
    • 1701年
       スペイン継承戦争(~1714年)勃発。
    • 1739年
       英西戦争(~1942年)により、ヘレス産ワインの輸出量が1/3になる。
    • 1741年
       オーストリア継承戦争(~1748年)により、輸出量がさらに半分になる。
    • 18世紀中頃
       ギルド(同業者組合)がつくられる。
    • 18世紀後半
       ソレラ・システムが広まり始める。
    • 1781年
       『マンサニージャ』の名称が登場。
    • 1834年
       ギルド解散
    • 1854年
       ヨーロッパに害虫フィロキセラが蔓延する。
       スペイン南部のヘレス地域へ広がる頃には、対策が確立しつつあったため、
       被害は少なかった。
    • 1860年代
       ハーヴェイス社を訪れた女性により、『クリーム』の名称が登場。
    • 1861年
       イギリスで「ライト・ワイン政策(Light-Beverage-Wine for Peo;le policy)」が掲げられ、辛口志向に。
    • 1869年
       スエズ運河、開通。
    • 1933年
       原産地呼称制度が定められる。
    • 1973年
       イギリスがEC(欧州共同体)に加盟。
    • 1980年代半ば
       MCR(濃縮精留果汁)が開発される。
    • 1986年
       スペインがEC(欧州共同体)に加盟。
    • 1997年
       『ミディアムⅡ』が登場。
       『ゴールデン』がサンデマン社によって開発される。
    • 2000年
       最低年数表記『V.O.S』、『V.O.R.S.』が認定される

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    ワインと害虫フィロキセラ

    あとがき

     歴史を知るうえで、記録の重大さがわかる。
    しっかりとした記録がないと、歴史を証明する根拠を得られない。
    無い記録を補うためには、科学分析や考古学に頼るしかない。
    今後の発掘と解析が、新たな発見につながることを願う。



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