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ウイスキーは男?ビールは女?日本人が知らないお酒の『性』

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文字数:約4200文字

 普段何気なく手に取るお酒。
実は世界の言語をのぞいてみると、
それぞれに『性』が割り当てられていることをご存じだろうか?

 例えば、ドイツ語でビールは「中性」、フランス語では「女性」。
同じお酒なのに、国によってその性はまるで異なる。
これは単なる文法の違いではなく、
その国の人々がそのお酒に抱く文化的イメージや歴史が反映されている。

 グラスを傾けるたびに、言葉と文化の奥深さを感じられる。
お酒の『性』を巡る不思議な世界を紹介しよう。

お酒と性
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●各言語とお酒の『性』一覧表

 世界の言語には名詞に文法的な性がある言語はたくさんある。
日本語や英語には文法的な性がないので、日本人にはピンとこない。
外国語を学ぶ際に、性のある言語を選ぶと戸惑ってしまう人も多くいる。

 まず最初にいくつかの言語とお酒の性の一覧表を記す。
言語によって性の数が3種類のものと2種類のものがある。
例としてドイツ語は男性、女性、中性の3種類
フランス語は男性と女性の2種類である。

・各言語における酒類の名詞の性一覧



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ドイツ語
(3性)
ギリシア語
(3性)
ロシア語
(3性)
アイスランド語
(3性)
ラテン語
(3性)
サンスクリット語
(3性)
===============
フランス語
(2性)
イタリア語
(2性)
スペイン語
(2性)
ヒンディー語
(2性)
ヘブライ語
(2性)
アラビア語
(2性)

 ラテン語とサンスクリット語は現代の酒類(ウイスキー、ジンなど)に
直接対応する単語は存在しないため、それぞれの文化で存在した
最も近い酒類や概念の性別を記載している。

欧州地図
HansによるPixabayからの画像

 ちなみに古代ローマ帝国で使われていたラテン語が各地に広まり、
時間が経つにつれて方言のように変化・分化していった結果、
現代の様々な言語が生れた。
これらのグループをロマンス諸語という。

 代表的なロマンス諸語には、
イタリア語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、ルーマニア語
などがある。

 これらの言語は語彙や文法の多くの部分で共通点を持っているため、
一つの言語を学ぶと他の言語も比較的学びやすくなる。

 フランス語とイタリア語にいたっては、
ここで挙げたものに関しては共通の性である。

●お酒言葉の文化と『性』

 単語の性はその文化が対象をどのように捉えてきたかを示唆することがある。
同じ飲み物でも、言語が変わることで性別が変わるのは、
それぞれの文化における役割やイメージが異なるためかもしれない。
いくつかのお酒をみてみよう。

・ビール:ドイツ語「中性」、フランス語、スペイン語は「女性」

ビール
Frantisek KrejciによるPixabayからの画像

 ドイツ語でビールはdas Bier(中性)である。
これはビールが「飲み物」や「食べ物」といった一般的なカテゴリーとして、
特別な感情的結びつきが少ないことを示している可能性がある。

 ドイツ人にとってビールは水のように、
日常に溶け込んだ当たり前の存在なのかもしれない。
水はdas Wasser(中性)である。

 実際にドイツでは水よりもビールのほうが安かったりする
中世の時代は衛生環境が整っていなかったため、
製造過程で煮沸するビールのほうが水よりも安全な飲み物だった。

 一方、フランス語のla bière(女性)やスペイン語のla cerveza(女性)は、
ビールが「生活を彩る芸術品」や「社交の場を華やかにするもの」として、
より個人的な結びつきを持った存在であることを示唆しているのかもしれない。
ワインと同じく、文化的な価値を帯びた「お酒」として扱われている可能性がある。

・ワイン:ロマンス諸語における「男性」の権威

赤ワイン
Wolfgang ClaussenによるPixabayからの画像

 ラテン語のvinum(中性)に由来するワインは、
フランス語のle vinやスペイン語のel vinoなど、
ロマンス諸語の多くで男性名詞となる。

 これはワインが宗教的な儀式や貴族の食卓で用いられる、
格式高い、力強い存在として文化的に位置づけられてきた歴史
反映している可能性がある。

・ウォッカとテキーラ:強い酒が持つ「女性」のイメージ

ウォッカ
MałgorzataによるPixabayからの画像

 ロシア語のводка(女性)やスペイン語のla tequila(女性)のように、
一部の強い蒸留酒が女性名詞として扱われるのは興味深い点である。

 これは単語の語尾の形(-kaや-a)による文法的な影響が大きいのだが、
それだけではないかもしれまない。
これらの酒が持つ強烈な個性や、時には人を魅了し、翻弄するような一面が、
文化的に「女性」のイメージと結びついた可能性も考えらる。

 このように名詞の性は単なる文法的なルールを超え
その文化が長年培ってきた対象への認識や感情を反映しているといえるだろう。

●外来語の取り込み方と『性』

 多くの言語では外来語を自国の文法ルールに当てはめて性を割り当てる
このルールは言語によって異なり、同じ単語でも性が変わる理由を説明できる。

・「ウォッカ」「テキーラ」:語尾による性別の変化

ウォッカ
TheresaMuthによるPixabayからの画像

 「ウォッカ(vodka)」や「テキーラ(tequila)」のように、
母音の-aで終わる外来語は女性名詞として扱われる傾向がある。
特にスペイン語やイタリア語、ロシア語などの、
語尾が性を決定する重要な手がかりとなる言語でこの傾向が顕著である。

「ウォッカ(vodka)」の場合

  • フランス語:la vodka
  • イタリア語:la vodka
  • スペイン語:la vodka
  • ギリシア語:η βότκα
  • ロシア語 :водка

 しかし、ドイツ語ではder Wodka(男性)である。
ドイツ語は歴史的に外来酒類の多くは男性名詞とする伝統がある。
また基本的にお酒は男性名詞という伝統もある。
-aで終わる外来語でもこれまでの伝統を継承するのはいかにもドイツらしい。

 このように外来語の性は元の言語の音やスペルが、
受け入れ側の言語の文法ルールとどのように適合するかによって決まる。

●歴史から読み解くお酒の『性』

 お酒の名詞の性は、その単語が生まれた時代の文化や、
その後の歴史的な変遷を反映している
ことがある。
特に古代の言語から派生した現代語を比較すると、
興味深い傾向が見えてくる。

・ワイン:中性から男性への変遷

ワイン
congerdesignによるPixabayからの画像

 ラテン語でワインはvinum(ウィヌム)という中性名詞だった。
しかしこのラテン語が変化して生まれたフランス語のle vinや
スペイン語のel vinoなどの多くのロマンス諸語では男性名詞となっている。

 これはロマンス諸語が形成される過程で中性名詞が消滅し、
男性名詞に統合されたという文法的な理由が大きい。

 さらにワインがキリスト教の儀式において
「キリストの血」として神聖なものと見なされたり、
権力者や男性的な象徴と結びついたりした文化的・歴史的背景も、
この変化に影響を与えたと考えられる。

・ビール:中性から女性への変遷

ブランデンブルク門
CouleurによるPixabayからの画像

 ビールは古代ゲルマン語や古ノルド語で中性名詞だった。
これはドイツ語のdas Bier(中性)に受け継がれている。

 しかしラテン語系のフランス語ではla bière(女性)である。
これは古代ゲルマン語の一派であるフランク語の
ビール(中性)がラテン語圏に入った際に、
ラテン語は3性から2性に変化する時期だった。

 そのため、単語の語尾の形が性別を決定するというルールに則り、
bièreは女性名詞に多い-eで終わるため、
自然と女性名詞として定着したと考えられる。

・ミード:神話と女性のイメージ

ミード
PexelsによるPixabayからの画像

 ミード(蜂蜜酒)は多くのゲルマン神話や北欧神話に登場する。
アイスランド語ではmjöður(男性)だが、
ロシア語では медовуха(女性)である。

 これはロシア語圏でミードは家庭で作られるものとして、
女性の仕事と関連付けられていた可能性を示唆している。

 一方でアイスランドや北欧では神々や戦士が飲む特別な飲み物として、
男性的なイメージと結びついていたのかもしれない。

 このように名詞の性は単なる文法的なルールを超え、
そのお酒が各文化においてどのような役割を担い、
どのようなイメージを持たれてきたかを物語っていると言えるだろう。

●そもそもなぜ文法的な『性』があるのか?

疑問
Gerd AltmannによるPixabayからの画像

 とても核心的な疑問である。
文法的性(名詞の性)がなぜ言語に存在するのかを整理して解説する。

①文法的性とは何か

  • 名詞や代名詞、形容詞、冠詞などが男性、女性、中性などのカテゴリーに分類されること
  • 英語や中国語のようにほぼ性の区別がない言語もあれば、
    フランス語やドイツ語、ロシア語のようにほとんど全ての名詞に性がある言語もある

②文法的性が生まれた理由(言語学的仮説)

コード
GenerativeStockAIによるPixabayからの画像

 ◆意味と連携していた

  • 古代のインド・ヨーロッパ語族では、性は自然性(男性/女性/中性)に基づいていた
     例:男性は生物的に男性、女性は女性、物は中性
  • その後、意味よりも文法的なパターンが優先されるようになった
     例:ドイツ語の「Mädchen(女の子)」は中性名詞

 ◆文の一致を助けるため

  • 文法的性は形容詞や冠詞、代名詞の形を決める
  • これにより、どの名詞とどの形容詞が結びつくかが明確になる
     例:フランス語
       le vin rouge(赤いワイン、男性)
       la bière rouge(赤いビール、女性)
       →名詞と形容詞の一致により、文の意味がはっきりする

 ◆分類・記憶の便利さ

  • 名詞を性で分類することで、語彙の整理・暗記・推測がしやすくなる
  • 外来語を取り込むときも、既存の性パターンに合わせることで自然に文法に統合される

③文法的性は「自然性」とは限らない

テキストブック
Ri ButovによるPixabayからの画像
  • 多くの言語では、名詞の性は意味とは関係なく規則的に決まる
     ドイツ語:der Tisch(机)=男性、die Tür(ドア)=女性、das Fenster(窓)=中性
     ロシア語:стол(机)=男性、дверь(ドア)=女性、окно(窓)=中性

④まとめ

  • 文法的性はもともと意味に基づいた分類が発展した文法的仕組み
  • 文中の一致(形容詞・冠詞・代名詞の形を決める)や分類の便利さのために残った
  • 現代の言語では、意味と性は必ずしも一致せず、文法ルールとして習得する必要がある

※補足

  • 英語は文法的性のほとんどを失ったが、
    代名詞(he, she, it)や一部の名詞(actor/actress)に残っている
  • フランス語・ドイツ語・ロシア語などは、文法的性が文の理解に直接関係している

●あとがき

 お酒の性についてまとめていると、言語によってバラバラだとわかった。
同じお酒でも性が違うのは、言語を学習するうえで一苦労である。
ラテン語から性が減ったように、時代が進めば文法的性はなくなるかもしれない。
言語は時代に合わせて変化していくもの。
100年後はお酒と言語はどうなっているだろうか。