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ウイスキー発祥の地として有力視されるのがアイルランドである。
中世にはすでに蒸留技術が広まり、
アイリッシュウイスキーは長い歴史の中で発展と衰退を経験してきた。
ここでは、その歴史を時代ごとに整理する。
ウイスキーの定義や種類については、
ウイスキーの定義で詳しく解説している。
●ウイスキーの起源と発祥

ウイスキーの起源は中世ヨーロッパにおける蒸留技術にさかのぼるとされ、
アイルランドとスコットランドの両地域が発祥地として挙げられることが多い。
特にアイルランドでは修道士によって蒸留技術が広まり、
ウイスキー文化の形成に大きな役割を果たしたとされている。
●アイリッシュウイスキーの歴史

アイリッシュウイスキーの歴史は、
修道士によって伝えられた蒸留技術を起源とし、
かつては世界最大の生産量を誇るまでに発展したが、
その後衰退と復興を繰り返してきた。
ウイスキーとアイルランドの歴史を世紀を分けて見ていこう。
・12~17世紀

アイルランドでは中世に蒸留技術が広まり、
ウイスキーの起源とされる文化が形成された。
- 1155年
ローマ教皇ハドリアヌス4世が、
アイルランドにおけるイングランド王の権力を勅令に基づいて与える。 - 1170年
イングランドのヘンリー2世がアイルランドに侵攻。
帰還兵は、アイルランド人は「アクアヴィタ」と「オスケバウ」を飲んでいると報告。
これがウイスキーのことを指すのかは不明。 - 1533年
ヘンリー8世がローマ教皇と決裂し、翌年イングランド国教会の首長となる。 - 1556年
イングランド統治下のアイルランド議会が、社会のエリート層には蒸留を許したが、
その他の者には政府に許可証を申請することを要求する法律を通した。 - 1608年
国王ジェームズ1世が、
北アイルランド・アントリムの領主サー・トーマス・フィリップスに蒸留免許を与える。
ブッシュミルズ蒸留所。
・18世紀

18世紀には課税制度の影響で密造が広がり、
正規蒸留と並行して独自の発展を遂げた。
- 1757年
キルベガンにブルスナ蒸留所創業。
ダブリンにトーマス・ストリート蒸留所創業。 - 1759年
イングランド当局は、合法ウイスキーの評判を高めることを目的に、
製麦した大麦、穀粒、ジャガイモと砂糖以外の原料の利用を禁止する法案を成立させる。 - 1779年
税法改正。
課税を『製造した蒸留液の量』から、
『スチルの大きさから計算される月ごとの生産量』に変更。 - 1780年
ダブリンにジョン・ジェムソン誕生(ボウ・ストリート蒸留所)。 - 1783年
不法蒸留設備が発見された町には罰金を課す、集団的制裁政策の法律を制定。
・19世紀

19世紀には大規模蒸留所の発展により世界的な生産地となり、
アイリッシュウイスキーは黄金期を迎えた。
種類については、アイリッシュウイスキーの種類で整理している。
- 1801年
アイルランド、イギリス(グレートブリテン)に併合される。 - 1823年
イングランド政府はスコットランドとアイルランドに等しく適用される税法に改定。
『製造した量のみに』課税するようになった。 - 1825年
ミドルトン蒸留所は31,500ガロンのポットスチルを建てる。 - 1831年
アイルランド人のイーニアス・コフィーが連続式蒸留機(パテントスチル)を発明。 - 1840年代初頭
国内で禁酒運動が始まる。
・20世紀~
20世紀には戦争や禁酒法の影響で衰退したが、
近年は再評価が進み復興を遂げている。

- 1901年
蒸留酒の過剰生産とイングランドやヨーロッパの経済全般の沈滞とが相まって、
すべてのウイスキーメーカーが不良在庫を抱え始める。 - 1916年
ダブリンのイースター蜂起。 - 1917年
イギリス政府は大麦制限令を発令。
(戦時下では大麦を食物の製造以外に用いることを禁じる) - 1920年
アメリカで禁酒法が施行(~1933年)。
第一次大戦と禁酒法の影響で多くの蒸留所が閉鎖に追い込まれる。 - 1922年
アイルランド自由国憲法採択により、南部26州と北部6州に分かれる。 - 1926年
アイリッシュウイスキーの熟成期間を3年から5年に引きあげる法改正(~1969年)。
長期的には正しいが、短期的には出荷できない。 - 1947年
北アイルランドでブッシュミルズとコールレーンの蒸留所が手を組む。 - 1949年
アイルランド共和国宣言(英連邦から脱退)。 - 1950年
政府はアイリッシュウイスキーと、
アイリッシュポットスチルウイスキーを法的に定義した。 - 1964年
アイルランド国外で製造された蒸留酒への関税を立法化。
コールレーンがブッシュミルズに吸収される。 - 1966年
大量生産によるコストダウンと国内での競争を避けるために、
残っていた少数の会社は合併し、
ユナイテッド・ディスティラーズ・オブ・アイルランドをつくった。
ジョン・ジェムソン・アンド・サン、ジョン・パワー・アンド・サン、
ザ・コーク・ディスティラーズ・カンパニー(CDC)が合併。
2年後には、社名をアイリッシュ・ディスティラーズ・グループ株式会社(IDGL)に変更。 - 1972年
血の日曜日事件。イギリスが北アイルランドを直接統治。
カナダの大手酒造会社シーグラムがブッシュミルズを買収し、
IDGL株の15%と引き換えにブッシュミルズをIDGLに譲り渡した。
これによってアイリッシュウイスキーのすべてが、IDGLのものになった。 - 1975年
新ミドルトン蒸留所が操業開始。
IDGLの製品はすべてミドルトンの新しい最先端技術の設備で製造された。 - 1987年
ジョン・ティーリング、ダンダルク郊外のリバースタウンにクーリー蒸留所を創設。 - 1988年
IDGLは、イギリス企業による乗っ取りを回避し、
フランスのペルノリカール社に自社を売却し、傘下に入る。 - 2005年
ブッシュミルズ蒸留所とブランドが、
ロンドンに本社を置くディアジオ社に売却される。
ウイスキーの国ごとの違いについては、世界5大ウイスキーで整理している。
●あとがき
アイルランドにしてもスコットランドにしても、
イングランドとの関わりが大きく影響している。
アイルランドでは長年伝統を守って、
ブレンデッドウイスキーを拒み続けたことが、世界戦略の遅れにつながった。
スコットランドでもブレンデッドウイスキーに対して反発はあったが、
うまく折り合いをつけた。
この対応の差が現在の蒸留所数の差に表れている気がする。
アイルランドでは最盛期に100近くの蒸溜所があったとされるが、現在は4つしかない。
これからのアイルランドの取り組みに期待したい。


