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日本酒は「並行複発酵」という特殊な発酵方式で造られている。
これは、デンプンの糖化とアルコール発酵が同時に進行する仕組みであり、
ビールなどの「単行複発酵」とは工程構造が異なる。
ここでは、日本酒の並行複発酵の仕組みを整理し、
単行複発酵や単発酵との違いを比較しながらわかりやすく解説する。
●結論|日本酒の並行複発酵とは何が違うのか

日本酒造りの最大の特徴は、
糖化とアルコール発酵が同時に進む「並行複発酵」を採用している点にある。
ワインは糖をそのまま酵母が発酵させる「単発酵」である。
ビールはまず麦芽でデンプンを糖に分解し、
その後に酵母が発酵させる「単行複発酵」である。
これに対し日本酒は、麹が米のデンプンを糖に分解する働きと、
酵母が糖をアルコールへ変える働きが、同一タンク内で同時に進行する。
その結果、
という特徴が生まれる。
つまり、日本酒が他の醸造酒と本質的に異なるのは
「原料」よりもむしろ発酵設計そのものにある。
・単発酵とは

単発酵とは、原料にすでに糖分が含まれており、
酵母がその糖を直接アルコールへ変える発酵方式である。
代表例はワインで、ブドウ果汁には最初から糖が含まれているため、
糖化工程を必要としない。
そのため、工程は比較的シンプルで、
- 糖 → アルコール(一段階)
- 主役は酵母のみ
という構造になる。
果実由来の香味がストレートに表れやすく、
原料の個性が酒質に反映されやすいのが特徴である。
・単行複発酵とは

単行複発酵とは、糖化とアルコール発酵を別々の工程で行う発酵方式である。
ビールが代表例で、まず麦芽の酵素によってデンプンを糖に分解し(糖化)、
その後、糖化液を酵母で発酵させる。
工程としては、
- デンプン → 糖(糖化)
- 糖 → アルコール(発酵)
という二段階構造になっている。
糖化と発酵を分けることで制御しやすく、
味や香りの設計自由度が高い一方、
糖化が終わった時点で発酵環境が固定されるという特徴もある。
・並行複発酵とは

並行複発酵とは、糖化とアルコール発酵が同時に進行する発酵方式であり、
日本酒の最大の特徴である。
日本酒では、麹が米のデンプンを糖に分解する働きと、
酵母が糖をアルコールへ変える働きが、同じタンクの中で並行して進む。
その結果、
といった利点が生まれる。
この「同時進行」という発酵設計こそが、
日本酒が高アルコールかつ繊細な酒質を両立できる理由である。
並行複発酵は繊細な管理が必要で、世界的にみても珍しい。
韓国のマッコリや中国の黄酒が並行複発酵による製造である。
●日本酒が並行複発酵である理由
日本酒が並行複発酵を採用しているのは、
原料である米がデンプン主体で、糖をほとんど含まないからである。
ブドウのように最初から糖を持つ果実とは異なり、
米はそのままでは発酵できない。
まずデンプンを糖へ分解する必要がある。
ここで重要なのが麹菌の存在である。
この2つを同時進行させることで、
- 糖が過剰に蓄積しない
- 酵母が安定して働き続ける
- 自然に高アルコール度数(15〜20%前後)に達する
という利点が生まれる。
もし糖化と発酵を分離した場合、糖濃度が急上昇し、
酵母への浸透圧ストレスが増す。
並行複発酵は、微生物制御上も合理的な設計なのである。
つまり、日本酒が並行複発酵なのは伝統だからではなく、
米という原料に最適化された発酵システムだからである。
●ビール・ワインとの違い
発酵方式の違いは、酒質設計やアルコール度数にも直結する。
◆ワイン(単発酵)
- 原料に糖がある(ブドウ)
- 酵母のみが主役
- アルコール度数は12〜14%程度
- 果実由来の風味が前面に出る
◆ビール(単行複発酵)
- 麦芽で糖化 → その後発酵
- 糖化と発酵は分離
- アルコール度数は5%前後
- 麦芽の甘みやホップの苦味を設計しやすい
◆日本酒(並行複発酵)
- 麹による糖化と酵母発酵が同時進行
- 高アルコール(15%以上)に自然到達
- 繊細で立体的な香味構造
構造的に見ると、
| 酒類 | 発酵方式 | 糖化と発酵 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| ワイン | 単発酵 | 糖化不要 | 原料の個性が直線的 |
| ビール | 単行複発酵 | 分離 | 設計自由度が高い |
| 日本酒 | 並行複発酵 | 同時進行 | 高アルコール・複雑味 |
発酵方式は単なる工程の違いではなく、酒質そのものを規定する要素である。
日本酒の発酵をさらに理解したい場合は、酒母造りの解説も参照すると理解が深まる。
→ 日本酒の分類|酒母とは?
日本酒の種類を体系的に整理した一覧はこちら。
→ 日本酒の種類一覧
●まとめ(一覧表付き)
日本酒の発酵の本質は、並行複発酵という特殊なシステムにある。
3方式を整理すると次のようになる。
| 項目 | 単発酵 | 単行複発酵 | 並行複発酵 |
|---|---|---|---|
| 糖化工程 | 不要 | あり(別工程) | あり(同時進行) |
| 発酵の進み方 | 1段階 | 2段階(順番) | 2段階(同時) |
| 主なお酒 | ワイン | ビール | 日本酒 |
| アルコール度数 | 中程度 | 低め | 高め |
| 特 徴 | シンプル | 制御しやすい | 高度で効率的 |
結論として、
という構造になる。
日本酒の魅力を理解するうえで、並行複発酵は避けて通れない概念である。

●あとがき
日本酒をビールと同様の単行複発酵でアルコール発酵させることはできないのか、
と疑問に思われる方がいるかもしれない。
ビールと同程度のアルコール度数(5%)ならば問題無いが、
度数が20%近い醸造酒を造ろうとすると並行複発酵が選ばれる。
アルコール度数を高めるために糖度を高くすると、酵母が活動できなくなる。
糖をつくるのと並行して分解することで低糖度を保ち、酵母を活動させ、
アルコール度数を高めることができる、というわけである。




