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シャンパンは華やかな泡とエレガントな香りが魅力のスパークリングワインだが、
その裏側には驚くほど繊細で複雑な工程が隠れている。
ここでは、シャンパンがどのようにして造られるのかを、
収穫・圧搾・ブレンド・瓶内二次発酵・熟成・澱抜き・ドザージュといった
主要工程に沿って、わかりやすく解説する。
●シャンパンの作り方は「シャンパーニュ方式」が基本

シャンパンの製法は、フランス・シャンパーニュ地方で
確立された伝統的方法(Méthode Champenoise)が基盤となっている。
現在では「瓶内二次発酵方式(Méthode Traditionnelle)」と呼ばれるが、
原型はあくまでシャンパーニュの独自文化から発展した技術である。
この方式の最大の特徴は、ワインが瓶の中で二次発酵を行い、
自然に炭酸を生み出すという点にある。
タンクでガスを注入するだけの単純なスパークリングとはまったく異なり、
シャンパンは発酵・熟成・澱抜きといった長く複雑な工程を経て完成する。
また、シャンパーニュ方式は労力と時間を必要とするものの、
きめ細かな泡、奥行きのある香り、熟成による旨味をもたらすため、
世界中の高品質スパークリングワインのお手本になってきた。
現在、シャンパンに名乗ることが許されるのは、
だけである。
つまり、シャンパーニュ方式は、
シャンパンの品質と個性を決定づける「核」といえるだろう。
・なぜシャンパーニュ方式が特別なのか

シャンパーニュ方式が特別視される理由は、
その手間と時間、そしてワインへの影響の大きさにある。
瓶内で二次発酵を行うと、発酵中に生まれる炭酸がワインに溶け込み、
非常に細かく長く続く泡を形成する。
これはタンク方式やガス注入では決して得られない特徴である。
さらに、発酵後に瓶内に残る澱とともに熟成させることで、
酵母が自らを分解し、ブリオッシュ、ナッツ、蜂蜜、
ビスケットのような複雑な香りが生まれる。
この熟成香は、シャンパンが持つ個性の一つである。
シャンパーニュ方式は効率的ではないが、
その非効率こそが味わいの深さと品質の高さを保証する
仕組みになっているのである。
・シャンパーニュ方式は世界の高級スパークリングの基準

シャンパーニュ方式はシャンパンだけの特権ではなく、
世界の多くの高級スパークリングワインが採用している。
スペインのカバ、イタリアのフランチャコルタ、
イギリスのスパークリングワインなどがその代表例である。
いずれも伝統的な瓶内二次発酵を採用しているが、
シャンパーニュ地方の気候・土壌・規定による厳格さには及ばない。
その結果、同じ製法であっても、シャンパンに独特の
シャープさ、ミネラル感、伸びのある酸が生まれる。
つまり、世界が手本とするのは「製法」であり、
唯一無二の味わいを生むのは「シャンパーニュ」であるということだ。
・シャンパンは製法で決まるのではなく、製法によって守られている

シャンパンの魅力は、単に製法の特徴に依存するものではなく、
製法によって品質が守られてきた歴史にある。
何百年もの間、シャンパーニュ地方の生産者たちは、
失敗と改良を繰り返しながらこの方式を完成させ、
現在の厳格なAOC規定へと発展させてきた。
そのため、シャンパーニュ方式は単なる技術ではなく、
文化・伝統・品質保証の三つを内包した「シャンパンの精神」ともいえるだろう。
●シャンパンの製造工程は、複数の発酵と長い熟成から成り立つ
シャンパンのつくり方は、通常のワインよりもはるかに複雑で、
収穫から瓶詰めまでに十数の工程を要する。
大まかな流れは以下のとおりである。
- 収穫
- 圧搾(プレス)
- 一次発酵
- ブレンド(アッサンブラージュ)
- 瓶詰め(ティラージュ)
- 瓶内二次発酵
- 熟成
- 動瓶(ルミアージュ)
- 澱抜き(デゴルジュマン)
- 補糖・調整(ドザージュ)
- 打栓・出荷準備
この一連の流れにより、ワインは単なる発酵飲料から、
複雑な香りときめ細かな泡をもつシャンパンへと進化する。
特に、瓶内二次発酵とその後の熟成が、シャンパンの個性を決定づける工程である。
この全体像を踏まえ、次に各工程の詳細を見ていく。
①収穫(ヴィンダンジュ):酸と成熟のバランスを見極める最初の工程

シャンパン造りは、厳格に管理された収穫から始まる。
シャンパーニュでは、収穫は原則として手摘みと定められている。
これは、房を潰さずに運搬し、
皮や種から余計な苦味が出ないようにするためである。
特に黒ブドウ(ピノ・ノワール、ムニエ)は皮の色素が、
果汁と不必要に接触させないことが重要になる。
収穫は、各村の成熟度に応じてAOC委員会が定める開摘日に従って始まり、
数日〜数週間で一気に行われる。
これにより、酸度・糖度・健康状態が適切に保たれたブドウのみが圧搾へと進む。
②圧搾(プレス):透明で雑味のない果汁を得る

収穫されたブドウはすぐ圧搾場へ運ばれ、
果皮や種の影響を最小限にするため、非常にやさしい圧力で行われる。
とくに黒ブドウから白ワイン用の果汁を搾るシャンパンでは、
色がつかないことが重要である。
4000kgのブドウから搾れる果汁は2550Lまでと厳格に定められている。
内訳は、最も純度の高い一番搾りであるキュヴェ2050L、
続く二番搾りのタイユ500Lである。
これ以上は強く搾らないことで、雑味を抑えた繊細な果汁が得られる。
多くのメゾンが、キュヴェのみを使用してシャンパンを造る。
この精密な圧搾こそが、クリアで上質なベースワインの基礎となり、
後の熟成に耐えるシャンパンの骨格をつくる重要工程である。
③一次発酵:果汁をワインに変える基礎造り

圧搾で得た果汁は、まず不純物を落とし、清澄された状態で発酵槽に移される。
ここから 一次発酵 が始まり、果汁に含まれる糖が酵母によって
アルコールと二酸化炭素に変わることで、「ベースワイン」が生まれる。
発酵は通常、ステンレスタンクか木樽で行われ、
温度管理や樽の材質でワインの風味が左右される。
ステンレスタンクなら果実味がクリアで軽やかに、
木樽ならわずかな樽香や丸みを伴う性格になる。
結果として得られるベースワインは、
アルコール度数10〜11%で、酸が比較的高い特性を持つ。
これは、シャンパン特有の酸と泡を支える「芯」を造るためである。
発酵はブドウ品種、畑(格付け)の違い、糖度、樹齢などを細かく分けて行われる。
当然、圧搾時に分けたキュヴェ(一番搾り果汁)とタイユ(二番搾り)も分けられる。
さらに、造り手の判断によりマロラクティック発酵を行う場合もある。
マロラクティック発酵(MLF)とは、
果汁中のリンゴ酸を乳酸菌の作用で乳酸に変えること。
酸味をまろやかにし、複雑な香味を持たせる効果がある。
一次発酵は、後の瓶内二次発酵と熟成で完成するシャンパンの
「骨格」を形づくる、非常に重要なベース造りである。
④ブレンド(アッサンブラージュ):味わいを決める核心工程

一次発酵を終えた複数のベースワインを組み合わせ、
最終的な味わいの方向性を定める、最も創造性が発揮される工程。
ここでは品種、区画、収穫年、発酵方法、リザーブワインの有無など、
多様な要素が調整対象となる。
特にメゾンのスタンダードであるNV(ノン・ヴィンテージ)は、
複数年のワインを混ぜることが基本で、
これにより造り手は毎年安定したスタイルを維持できる。
ちなみにブレンド工程を定着させて、
シャンパーニュのワインに安定した品質をもたらしたのが、
ドン・ペリニヨンだといわれている。
⑤瓶詰め(ティラージュ):二次発酵の準備工程

ブレンドが完了したワインに、
「ティラージュ・リキュール(糖分と酵母を加えたワイン)」を添加し、
瓶内で二次発酵を起こすための仕込みを行う。
糖分量は1Lあたり20~24g程度である。
糖分は酵母の働きによってアルコールと二酸化炭素へ変換されるため、
ティラージュはシャンパン特有の泡を生む起点といえる。
瓶には王冠が施され、暗く冷えたセラーへ移される。
ティラージュは、静かなワインをスパークリングワインへ変える
「転換点」であり、ここから本格的な熟成プロセスが始まる。
⑥瓶内二次発酵:泡が生まれる工程

ティラージュで加えられた酵母が糖を分解し、
アルコールと二酸化炭素を生成することで、
シャンパン特有のきめ細かな泡が生まれる。
この段階では瓶内の圧力が約6気圧に達し、
ワインは微細な泡を蓄えながら、次第に複雑な構造を形づくっていく。
6気圧というのは、乗用車のタイヤ圧(約2気圧)の3倍、
水深50~60mの水圧と同等である。
この圧力に耐えるため瓶は厚くて頑丈に作られている。
頑丈な瓶が作られるまでは、泡の圧力で破裂することがしばしばあった。
いきなり破裂するため、貯蔵庫に入ることは危険を伴い、
負傷する人があとを絶たなかったため、
防具を付けて入庫するのが常識になるほどであった。
二次発酵は数週間ほどで完了するが、ここから先の長い熟成期間が、
香りと風味の深みをさらに引き出すことになる。
⑦瓶内熟成:香りと旨味を育てる時間

二次発酵を終えた瓶は、そのまま澱とともに長期熟成へ入る。
シャンパンの香りと味わいを決定づける重要な工程である。
澱の酵母が自ら分解することで、
トーストやブリオッシュ、ヘーゼルナッツのような複雑なアロマが生まれる。
熟成期間が長いほど、泡は細かく、質感はなめらかになり、
味わいは奥行きを増す。
ノン・ヴィンテージは最低15カ月、
ヴィンテージは最低36カ月と定められているが、
名門メゾンはそれ以上の熟成を行うことが多い。
⑧動瓶(ルミュアージュ):澱を瓶口へ集める作業

熟成を終えた瓶内には、酵母由来の澱が沈んでいる。
これを取り除くため、まずは瓶口へ集める必要がある。
その工程が動瓶(ルミュアージュ)である。
ピュピトルという瓶を逆さにはめ込む台を使う。
瓶を毎日1/8(45°)回転させ、同時に角度を立てていくことで、
澱を静かに瓶口へ移動させる伝統的な技術だ。
手作業で行うルミュアーズによる職人技は有名だが、
現在は自動機「ジャイロパレット」が主流となり、
大量生産にも対応している。
⑨澱抜き(デゴルジュマン):瓶から澱を取り除く

瓶口に集めた澱を取り除く工程が澱抜き(デゴルジュマン)である。
瓶口をマイナス20℃前後で凍らせ、澱を氷栓として固めて取り除く。
王冠を外すと瓶内の圧力で氷栓が自然に飛び出し、
ワイン本体も少し失われる。
この工程を経ることで、シャンパンは澄みきった液体となり、
最終仕上げへと進む準備が整う。
澱抜きの精度は、クリアな味わいと外観を左右する重要なポイントである。
ちなみに、動瓶と澱抜きによって、
それまで濁っていることが当たり前だったシャンパンをクリアにしたのは、
ヴーヴ・クリコのマダム・クリコだといわれている。
⑩補糖・調整(ドザージュ):味わいの最終調整
澱抜きによってわずかに目減りした液量を補うと同時に、
味わいの方向性を決める工程がドサージュである。
瓶内二次発酵時に、糖分は酵母によって全て分解されている。
そのため、味わいを調整する必要がある。
ここでは、ワインと糖分を混ぜた「門出のリキュール」を加える。
門出のリキュールはリキュール・デクスペディションとも呼ばれる。
添加する糖分量によって、
ブリュット・ナチュール、ブリュット、ドゥミ・セックなどの甘辛度が決まり、
メゾンごとのスタイルが明確に現れる。
この最終調整が、シャンパンのバランスや個性を決定づける重要なステップである。
ちなみに現在主流の辛口を考案したのはマダム・ポメリーだといわれている。
| 表示 | 含有糖度 | 甘辛 |
|---|---|---|
| ブリュット・ナチュール [Brut Nature] | 0〜3g/L | 極辛口。 ピュアでシャープな味わい。 |
| エクストラ・ブリュット [Extra Brut] | 0〜6g/L | 超辛口。 食事に合わせやすい。 |
| ブリュット [Brut] | 0〜12g/L | 辛口。 世界で最も主流。 バランスが良く万能。 |
| エクストラ・ドライ [Extra Dry] | 12〜17g/L | やや辛口。 実際にはやや甘め。 ふくよかな果実味が特徴。 |
| セック [Sec] | 17〜32g/L | やや甘口。 口当たりに甘さが感じられ、 デザートにも対応。 |
| ドゥミ・セック [Demi Sec] | 32〜50g/L | 甘口。 濃厚な味わい。 |
| ドゥー [Doux] | 50g/L以上 | 極甘口。 現在は珍しい。 |
⑪打栓・出荷準備:完成へ向けた最終ステップ

ドサージュを終えたシャンパンは、いよいよ最終的なコルク栓で封をされる。
コルクを圧縮して瓶口に差し込み、ミュズレ(針金)でしっかり固定することで、
高い内圧に耐えられる状態となる。
6気圧に耐えられるようにコルクは3層構造になっており、
通常のワインで使われるコルトとは見た目もかなり違う。
その後、瓶はラベル貼りやキャップ装着などの仕上げ工程を経て出荷される。
これらの工程が完了して、ようやく一本のシャンパンが市場に送り出されるのである。
●シャンパンの製法が「他のスパークリング」と違う点

シャンパンの最大の特徴は、瓶内二次発酵によって自然に生まれたガスを、
瓶に閉じ込めたまま熟成させる点である。
多くのスパークリングワインがタンク内発酵やガス注入を用いるのに対し、
シャンパンは一本一本の瓶の中で発酵・熟成・澱抜きまでを完結させる。
これにより、きめ細かい泡、複雑な風味、長期熟成による深みが
他のスパークリングより際立つ。
・シャルマ方式との違い
シャルマ方式は、加圧タンク内で二次発酵を行い、
そのまま大量に瓶詰めする製法である。
タンク単位で管理できるため、コストが低く、大量生産に向いている。
一方、シャンパンのシャンパーニュ方式は瓶内で発酵・熟成を行うため、
生産効率は低いが、個々のボトルでゆっくりと複雑性が育つ。
香りの方向性にも違いがある。
シャルマ方式はフレッシュで果実の香りを
前面に出すスタイルに適しているのに対し、
シャンパンは酵母由来のブリオッシュやトースト香、ナッツの深みが生まれる。
つまり、製法の違いがそのまま「味わいの違い」として現れるのである。
・瓶内二次発酵のメリット

瓶内二次発酵の最大の利点は、泡の質の高さである。
瓶の中でゆっくり発生した泡は極めて細かく、クリーミーなテクスチャーを生み出す。
シャンパンを口に含んだ瞬間ムース状の泡が口内で生み出され、
口からあふれ出しそうになる。
また、澱と接触しながら熟成することで、
複雑で奥行きあるアロマが育つ。
さらに、一本一本が独立して熟成するため、
長期熟成に強く、熟成ポテンシャルが高い。
これがシャンパンを世界でも特別なスパークリングワインへと押し上げた理由の一つである。
●あとがき
シャンパン造りは数あるお酒のなかでも一、二を争うほど工程が多く、複雑である。
日本酒と同等かそれ以上だと感じる。
多様で複雑な工程を少しでも削減、省略できればと考えられたものが、
安価で世に広まっているスパークリングワインである。
効率化すればその分、価格を抑えられる。
シャンパンに限らず、品質と価格のバランスはどの製品にとっても難しい問題である。
シャンパンが守り続ける伝統製法が受け入れられているからこそ、
世界中でシャンパンが飲まれ続けているのだろう。


